道産子エンジニア

毎週好きなこと書きます。

ブレードランナー2049を見た

トピック「ブレードランナー2049」について

www.youtube.com

映画を見た後、Twitterで思わず雑につぶやいていたのはこんな感じ

ブレードランナーは1982年に公開されたSF映画であり、今作はその続編の世界を描いたものだった。

ブレードランナー - Wikipedia

このブレードランナーの原作はフィリップKディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」だ。 去年この小説を読んで、とてつもない世界観に魅了されたのだった。

blog.kaelae.la

作品自体は脳科学やAIの本を読んでいるとよく引用されるので知っていた。 アニメ「PSYCHO-PASS」で槙島が言っているとおり、小説と映画はかなり内容が違う。 個人的には小説の方が哲学っぽさが濃く、人間とアンドロイドの存在について考えさせられるので好きだ。 映画では表現技法が優れている部分は好きだが、内容が少し安っぽくなってしまっていると感じた。 内容的には結構鬱な展開が多いので、大衆向けに切り出されたと考えるとまあ仕方なさそうな気もする。

もうすこし詳しく突っ込むと、

  • デッカードと妻イーランの不仲のくだり、それをつなぐ共感(エンパシー)ボックスや情調(ムード)オルガンがでてこない
    ※ピアノは出てきているが、そう言った未来道具としての意味はない
  • 共感ボックスが出てこないということはもちろん、マーサー教も出ない
  • レイチェルがアンドロイド(同胞)殺しをする部分の大きな意味が失われている
  • 舞台がロスからサンフランシスコに移ったのもあるが、急にアメリカンナイズされた文化が濃い
    ※俺的にはもっと荒れ果てた荒野と孤高のガンマン的な風景を求めてた
  • ロイ・バティーは単細胞すぎる

などなどが気になって、小説と同じものとして考えるのは一切やめにしてしまった。

さて、過去の作品についておもうところは色々あるが、今作「ブレードランナー2049」はどうだったかというと、ストーリー展開はよくはないけど嫌いじゃない。何より映像美にはさらに圧倒されたし、作品としてすごく綺麗だったように思う。人間と機械の境界線や見る人への問いかけ部分は少なくなっているものの、機械が人間らしくなってしまって、人間のように悩み、人間のように希望を抱き、人間のように絶望する。そんな世界観を描けていたと思う。そして何より、機械の話だと思って見ている我々人間自身が、機械へ同情し、感情移入してしまう。それこそが、ディックが問いかけていたことであり、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」という原題への回帰を果たしたように思う。

人間は機械に〜〜しないだろうか?その混沌としたテーマを半世紀以上も前に叩きつける彼の意志は、今でも人々が解決できないどころか、より複雑になって倫理を、社会を変える可能性を持っていると思った。

今作品は3時間という長い勺だが、それを感じさせない展開なので是非劇場で見た方がいい。品川のIMAX3Dで見たが、疲れないしよかった。今作を見るためには、事前に三つの動画が発表されていて、ブレードランナーと2049までを繋ぐ世界の変遷を描いているので見よう(合計4時間くらいになる!)

人と機械の違いがほとんどなくなった世界で、あなたは何に恋をし、何を感じるだろうか。そんな妄想をしながらディックの世界にどっぷり浸かっていくのが心地よいのだ。

www.youtube.com

www.youtube.com

www.youtube.com

余談

ところでアンドロイドという名前がでてくる(映画ではレプリカントだけど)から気づいている人も多いと思うが、今のAndroid端末のAndroidという名前は1886年にヴィリエ・ド・リラダンが書いた「未来のイブ」からきている。そして、今発売されているAndroid端末にネクサスというのがあるが、それはこの作品から取られていると言われている。

また別な話として、アンドロイドは人造人間、ロボットは人造だが人型とは限らない機械、サイボーグは人の一部を機械にしたもののことを指す。


映像を見て、自分が感じたことをまとめてから他のブログも読むと面白かった。

【視れば揺らぐこの宇宙】第1回『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の視点|Zing!

fujipon.hatenablog.com

blackpepper.oops.jp

matoyomi.hatenablog.com

P・K・ディックの世界 | いつかどこかで - 楽天ブログ


俺は原作厨ではないので「絶対、原作最高!」とはいうつもりがないが、ブレードランナーに関しては小説が好きだった。しかし、ブレードランナー2049の小説が出るとしたら、映画の方が好きだと言うと思う。それくらい映像が美しかったのだ。

改めてSFの面白さはこうでなくちゃ!と思う作品だった。映像の持つ魔力は計り知れないなと。
ディックの作品で最初に見たのは「マイノリティ・リポート」で、次は「トータルリコール」どちらも映画しか見ていないので、これから小説を読む。高い城の男はアマゾンで少し見たのだけど、どうもアメリカンドラマの冗長さが好きになれず断念。

これからもどんどん読んで行きたいのでディックの作品は全作欲しいな。

サマセット・モーム「月と六ペンス」読んだ

月と六ペンス (新潮文庫)

月と六ペンス (新潮文庫)

ググってみてからゴーギャンが作品のモデルだと知った。ゴーギャンの本物の作品は一度もみたことがない。ゴッホの作品はいくつかみているので、ポスト印象派の作品も好きだなと感じた。とはいえ、自分の中でポスト印象派の作品とは何かという部分についてあまり答えがない。

ロンドンいったときには印象派の絵に魅せられたが、とにかくこの時代のフランスの画家たちがもつ情熱が、そのまま絵に焼きついている気がするのだ。芸術について無知蒙昧の自分だが、実際の絵をみた印象なら伝えられる。どうすごいかはわからないが、わからない門外漢でも何かを心に留めてしまうほどの力を持っていたのは確かだった。

名画に対する俺の稚拙な感想はこの辺にしておいて、読みはじめから、読み終わるまで、とっても不思議な小説だった。物語にもエッセーにも読める気がするし、伝奇やホラーのような印象さえ受けてしまうのだ。

一人称にして語り部の「わたし」とストリックランドの奇妙だが心地よいやりとりがクセになってしまう。

他人からみて幸せな生活を送っていたストリックランドが全てを打ち捨てて盲信する「美」とは何か。芸術とは何か。哀れな男の生き様を透かしてみるそれに、魅せられてしまう。そんな一冊だった。晩年を過ごしたタヒチに足を運びたくなってしまった。

また個人的には「わたし」は芸術についてわからず、狂気的な生き方をするストリックランドを罵りながらも、楽しんで小説にしていることこそが、この本の言わんとしていることだと感じた。それは、何かに取り憑かれるようにして、自分が人生でやらなければいけない「何か」を追い求め続けることであり、「わたし」にとってはそれが「書くこと」であるのだと。

月(=夢)を目指すものが握り締めるのは、今日を生き抜く六ペンスなのかもしれない。


タイトルからもわかるがイギリスの描写が多く、細かい表現からも愛が伝わってくるのがよかった。最後の場面はカムデン・ヒルなので、カムデンのビールを飲みながらまたいつかこの本を読みたいと思った。

読書所用時間:約5時間
オススメ度:★★★★☆