道産子エンジニア

毎週好きなこと書きます。

先月

彼女と別れた

あまり人に話すようなことではないのだが自分流にブログに残す。

いつか転職を有利にするための情報発信とか技術についてガンガンやってますマン的なブログじゃないし、おしゃれなお店に行ってるイケてる食べロガーなブログでもないので、読む人はなんの楽しみもない内容だ。知らんがなって人はこの辺で読むのを切り上げて、YouTubeでもみたほうがいいだろう。最近のおすすめは恋ダンスと「1000℃の鉄球を〜した」シリーズかな。

普通、人は他人に自分の話をして共感などを得て自分の気持ちをコントロールしたりするが、俺はブログにまとめるほうが整理できるので残している。

自分が納得するための理由探しはしない

なんの前触れもなく、唐突に、残酷に「好きな人ができた、別れよう」と言って1年半の付き合いを終わらせた。同情を誘っているわけではないが、とても苦しく、相手を傷つける方法で自分もキツいなと思いながら言った。でもそれ以上に、好きな人ができたのに相手に嘘をついて惰性で付き合うほうが失礼だし嫌だったので、言ってよかったと思っている。

精神的に不安定な瞬間、無意識に自分が納得するような理由を考えるのはみんなあるし人間のクセだ。理由があればなんとなく落ち着くと思う。 「君のことを思って〜」「いつかまた〜」「友達として〜」とかいろんな相手にとって優しい言葉選びや理由付けはできるけど、それは大抵自分がいいやつだったと思われたいだけの行動だと思う。

別に関係を悪くしたくてひどいやり方をしたわけではないが、いい関係を築いたまま終わったなんていったい誰に褒めて欲しくてそんなことをするんだろう。そんなことをいっても影では「クソ野郎」と言われるんだから、いっそしっかりとクソ野郎をしたほうがいいだろう。 悪口は薬物と同じ性質だから、近寄らないのが一番だ。

男女が付き合ったり別れたりするのは普通にあることだし、そこにネタがあれば人は噂して一時的に楽しむものだ。それで終わる人間関係もあればそうでないものもある。

男女の関心の違い

会社は村社会なのでいろんなことが言われるし、最低ヤローレッテルを貼られて人のメシのいいおかずになっているだろう。女性同士はそんなんどこでも誰でもやってるだろうから、このネタに飽きてもらうまで存分に楽しんでいただいてよい。こういうのは自分が話題の渦中にいて、さらに共感を呼ぶような境遇に置かれると楽しんでしまうに違いない。 (このブログもまたそのスパイスとなるだろう。情報感度の高い読者は早速シェアしているかもしれない。お越しいただきありがとうございます。) いい人だったのにー!とか言われるようなできた人間ではないし、悪名も高ければいつか役に立つかもしれない。

面白いのは別れたという話をした後に「今後の参考になるから!」といってガッついて聞いてくる女性も多かった。笑「何が嫌だったのか」「どういう点がダメなのか」などなど教えてくれ!!!と聞かれて、ほとんどうまく答えれなかったが「あぁ自分は男だから理解しがたいのだろうな」と今の年齢をリアルに感じた。

一方この間、関西の同期の結婚式にいったのだけど、そのとき集まった「いつものヤロー達」に俺としては珍しく自分から彼女と別れたという話をしてみた。男同士では打ち明けない的な気持ちはなくて、してもしなくてもどっちでもいいなら、してみようくらいの気持ちだった。そしたら「そうか〜。まぁいろいろあるよな。俺もこの前奥さんがさ…」とか呆気なく終わって、やはりそういうとこで気が置けない仲だなぁってしみじみした。妻子持ち、既婚者、彼女いる、彼女いないなどいろんなステータスの人がいたが、こと恋愛に対して達観しつつ、察しのいいメンバーが多かっただけかもしれない。

弱みを見せるのが下手

先輩が同じような境遇での自分の行動について話していたとき、「自分のときは一人が噂で攻め立てられるのは嫌だから、相手にも問題があったって言いふらした」っていっていて、めちゃくちゃ社会性の強い生き物だなと思った。自分はどうしても強く生きようと(かっこつけようと)全て自責にしていくのが基本スタイルなので、 人に弱みを見せる のがうまい人は羨ましいなと感じた。

社風を考えてみれば、あけすけであることがいいことである文化なので当たり前だなとも。何もそれが嫌いだといっているわけではなく、改めてそういう会社であるということを再認識したというだけ。(嫌いだったら入社三日で辞めてるに決まってる。)

一見、どうしようもないやつだな〜的に思う言動が共感や同情を生むことで、なんとなく心配してしまう存在にしたてあげるやり方を垣間見た気がした。真似できないけど。


今回はこんな感じだっけど、次はもっとうまく付き合えるだろうか。 「ずっと、永遠、死ぬまで」みたいな恋愛はそう簡単じゃないと昔からよく思う。 日本の法律上、文化圏の倫理上、一途であることは推奨されがちだが、 一途で居続けるのはお互いに努力しないと難しい。 人生は難しい。