道産子エンジニア

悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する

旅とコーヒー

10月の2つめ。この記事は旅行から帰ってきて、英語がうまい瑛太風イケメンの店員さんが淹れてくれる酸味の強いコーヒーを飲みながら書いたせいか、小説みたいな情緒的な文章になった。コラムっぽい。


時々、渋谷から抜け出してどこかに行きたくなる。よく旅行に行くようになった。

仕事が嫌になったわけでもなく、人混みが嫌になったわけでもなく、休暇を取りたくなったわけでもなく、なんとなしに出かけたくなる。

地元ではあまりなかった感覚だ。これまでなぜ旅行に行くかというのをあまり考えたことがなかった。 旅行に行けるほど心やお金や時間に余裕があると言われればそれまでかもしれないが、別に仕事はたくさんあるし、余裕があるとは思ってもいない。引っ越したばかりで財布的には逆に余裕はなくなっている。

そういえば、日本人はこんなにコーヒーが好きだったか?と疑いたくなるほど街にはいろんな喫茶店が増えた。渋谷にあるコーヒーショップはローストの浅いコーヒーを出す店が多い気がする。なぜこんなに浅煎りなのかといえばそこら中に スタバ があるからじゃないだろうか。 スタバ のコーヒーはローストが深い。苦い代わりに陳列されたケーキやサンドイッチと合いそうな、カカオのような甘い香りがする。このアメリカ企業のおかげで日本人はカフェイン不足でもなんでもないのに、ふと目に入ると5~600円くらいをコーヒーに払う生き物だと気づかせてくれた。最近では甘いクリームがたっぷりのっけていればコーヒーでなくてもいいこともわかった。そんな盲目的な日本人文化にNO!を唱えるかのように浅煎りのコーヒーを出す個人営業のお店が増えているように思う。

さて、旅行に行きたくなることはコーヒー飲むこととどれくらい違うだろうか?全然関係ないと言われると話は終わるのだけど。 旅の理由はいろいろあった。退職した同期や同じ会社にいても滅多に会わない同期と久しぶりに会える。外は肌寒くなって温泉が気持ちいい季節になってきた 。会社は次の期に入るので忙しくなる前に一息つきたい。行ったことのない温泉街なので行きたい。などなど。特に決め手はない。なんとなくコーヒーショップでPCを開いて過ごす時間が「集中できるから」と勘違いしがちなように、つまりは いつもと違うことをしていつも通りじゃない時を過ごしたいだけ だろう。

今回はいつもと違う行きたいところが越後湯沢になった。それだけ。 これから雪深くなる地域だけど、雪もない時期なので全く観光要素はない。あったのは日本酒と温泉くらい。米がうまいと有名な県だし、米は本当にうまかった。修学旅行のようにお楽しみの予定を立てていたわけでもないので、あとはだらだらとなんでもない時間を過ごした。うまい飯を食べて、地酒を飲んで、温泉であったまってから卓球して、近況を話し合って、ボードゲーム遊びに火がついて朝までやった。朝までやりすぎて寝る時間がなくて次の日のチェックアウトに迫られて体はクタクタになった。でも本当に楽しかった。楽しすぎた。これだから旅行はいい。一緒に行ってくれる友達もいい。一人で行けないこともないけど、一人でいると余計なことを考えがちなので、強制的に何も考えないようにさせてくれるからこれくらいの社会性は大切なのかもしれない。あれ、何しに来たんだっけ。

あんなに楽しかったのに、帰りの電車ではもう仕事のことが頭に浮かんでいた。嫌な性格だな。いや不安なだけだ。人より頑張らないと行けない自分への不安。その瞬間体がどっと疲れていることに気がついた。朝まで起きていたせいもあるけど、一気に眠たくなった。すぐに帰りたくなった。ちゃんと休まないとと思ってしまった。休みを快適に過ごすために旅行に行ったはずなのに、かえって疲れてしまった。そう感じることも最低だし、なんて寂しい人間だろうと後悔した。せっかく仲間と過ごした旅行の せい でと心がそう感じた。楽しかったのは間違いないのに。帰るのが惜しくて、最後にご飯を食べに行った。そのとき大体みんな顔が疲れていた。自分だけではないと思いたい欲目かもしれないけど。

帰り道にコーヒーショップでPCを開いている人を見て気がついた。 旅行は都会で飲むコーヒーみたいなものかもしれないと。集中したいのに少しうるさいコーヒーショップに行く必要は本来ない。うるさいからイヤホンをしている人もいる。イヤホンまでしてそこで作業したいことはないだろう。コーヒーショップでPCを開いている自分が好きという人ももう絶滅しただろう。してほしい。視界を遮る人の影が鬱陶しいに決まっている。じゃあなんでそんなことをするのか?それは自分がコーヒーが好きだからでもなく、集中できるからでもなく、お洒落だからでもなく、負荷をかけたいからじゃないだろうか。

人は周りから影響を受けやすい。周りが作業をしている、うるさい環境だからこそ自制が必要になる。お金を払ってコーヒーと時間を作っているし、集中しないと勿体無い。そういう負荷の多い環境で「それでもやらなきゃ」って無意識に思っているから頑張れるんだと思う。人混みが慣れている人はこれとは逆に全くもって静かな環境に行きたがる。別荘にこもる、誰もいない喫茶店に行く、一人旅に行く、作業部屋に閉じこもる。これらの場合、静かすぎてそわそわするから作業に向き合える。原理は同じだと思う。とにかく自分の中で何かしたいことがあって、それに気を引き締めて向き合うためにあえて向き合いにくい環境に身を投じる。実は逆のことをしているんじゃないだろうか。

だから今回旅行に行ったのは、これから頑張るために負荷をかけたかったからだ。利己的で意地が悪い理由かもしれない。 一緒に行ったみんなが聞いたらお前とはもう行かないと言われるかもしれない。けれど、こういうメリハリをつけて環境を切り替えて負荷を与えることで頑張れる。(そう思い込んでいるというのが本当かもしれないけど。)たぶんそういう人間なんだと思う。今の自分が旅行に行く理由はそういうことなんだと思う。

みんなはなぜ旅行に行くのだろう。

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