道産子エンジニア

悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する

中島秀之「知能の物語」を読んだ

知能の物語

知能の物語

中島学長と私

いつものごとく本の紹介なのだけれど、最初に少し話が逸れる。

ちょうど先週、中島学長*1をお誘いして会食をした。そのときにサインをいただいた。
サインはナンバーを入れているらしく採番されているが、次が何番か忘れたので次回に埋めてもらう笑
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ブログに何度も書いている恩師とは中島学長のことであり、大学で二番目にお世話になった人である*2。 そんな恩を自分自身が研究者となり返せないのは悔やまれるが、働いている今でもこうして繋がりを持てるのは素直に嬉しい。

日本酒を教えてくれたのは学長だった。今でも鮮明に覚えている。バイクの免許を取りハマったので、サークル設立をした。で、どうせならバイク好きだと聞いた学長に顧問をお願いしたら快諾いただき、キックオフの席で日本酒を持ち込んだのが始まりだった。*3

研究者としての学長を僕が語ることなんておこがましいので、ウェブで参照していただくとして、指導者としての学長にもお世話になった。 研究のけの字もわかっていなかった自分に、 「研究とは山登りである」 と教えてくれたのが印象的だった。 そのときはなんだか関心しただけで終わったが、今になって思い返せばこれほど良い言葉は無いなと感じる。 研究に限らず、仕事や人生は山登り(の繰り返し)だと言えるかもしれない。 また学長は 「どうせやるなら上を目指せ」 というようなことをよく言う。僕は結構自分に自信がないのでいつもその言葉に背中を押されていた。

一番よかったところ

本書で最もよかった部分は、研究者たちには当たり前であるが人工知能の戦いは 「情報が不足している状態での推論」「有限な計算時間での最適化」 が重要であると理解できたことだろう。つまり、各人工知能のトピックにおいて、計算論的思考|情報処理 Vol.56 No.6 June 2015この記事の視点を持って読めたことがよかった。これを念頭におけば今世界で何が行われているのかがざっくり見えてくると思う。

この本は難しいという書評もあったが、確かに前提知識がない場合や僕のように研究で扱っていない人にも難しい言葉の羅列かもしれない。 しかし、「はじめに」に書いてるが個々の問題の詳しい解説は載せておらず、紹介しかしてない。今話題のニューラルネットワークやDeep Learningの概要、性質、歴史、経緯も書かれているが、それにとどまっている。 僕自身もそうだったが、僕らがまだ理解していない問題について、どのような問題があり、それにどのようなアプローチで研究が進んでいるかということを紹介しているので、概要を理解すればそう難しくはないように感じた。それよりも個々の問題をどうやって解決するのかというほうが難しい部分であり、それを理解するにはページも時間も足りない。

冗談でよく聞くが、ある事柄について よくわかっていないということがわかっている人 が最先端だと言えるのはあながち間違っていないだろう。

専門家ではない僕らができるのは、理解できないと諦めたり、何が起こるかわからないのに恐怖を抱いたりすることではない。 人工知能について正しく知り、これからの未来に夢見ることだと思う。仕事が奪われると不安になるよりも、仕事をしなくても生きていける社会になることを歓迎しようということだ。本書の締めも人工知能の未来への期待で締めくくられているのがよかった。

神の視点と虫の視点

その最後の締めくくりではAIの研究は日本の出番だと書いている。それは日本人の視点や世界観がこの研究と相性が良いからだ。川端康成の「雪国」の有名な冒頭は

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

であるが、英語にすると

The train came out of the long tunnel into the snow country.

となる。 イメージしてみると英語は三人称であり日本語は一人称の情景が浮かぶだろう。 これを神の視点と虫の視点と呼び、知能の探求には主体である人間自身の視点が重要であるといっているのである。中島学長は知能を作るにあたり、状況依存判断、身体性が重要だと語っている。下に載せる記事では、ドワンゴの川上会長は身体性は重要ではないと言っているが、これは本書の例で言えば、飛ぶという目的に対して飛行機を作ろうとしているか、鳥を作ろうとしているかの違いかもしれない。こういった視点の違いに気付かされるのもまた本書の魅力だった。

二つの勘違い

この本を読んで知った大きく二つの勘違いを紹介する。今まで信じていたことが覆される瞬間というのはすごく爽快な気分になる。

生存戦略

今我々が感じる良いものは、遺伝子が有利だからそう感じさせているだろうか?

  • 砂糖などの甘いものは、脳が生存に必要なものだから甘く感じさせている
  • 生存するのに有利だったから良く感じるように進化した
  • 不利だったから悪く感じるように進化した

などなど勘違いしていたが、実は違う。
たまたま だ。
遺伝子や生物はより生存するために進化してきたわけではなく、環境に適応した生物がたまたま生き残っただけである。

この辺の深い話は専門ではないのでつっこまないが、適者生存という見解と運者生存という見解の違いだと思う。 遺伝子が方向性を持っているとは信じ難いので僕も後者がmake senseだと思う。

アフォーダンス

環世界という概念を紹介する文脈で、アフォーダンスの話がでてくる。アフォーダンスは簡単に言えば環境が人に〜させるように情報を持っているという考え方である。インターフェースを設計するときによく出てくる話で、例えば押しドアにはノブをつけないなどがよく話される。

本書でそれを否定するのにイソギンチャクとヤドカリの例を出しているのが面白いのだが、それは読んでもらうとして、禅問答の拍手の例をあげて揶揄していた。拍手をしたときに音を出したのは右手か左手か?アフォーダンスで言えばどちらか一方が音を出す情報を持っていて、どちらか一方がそれを使い音を出しているだろうか?違うだろう。悟りを拓いた気がした笑

環境は人間の知能との相互作用で何かを作り出している。
そう考えるのが自然であると気付かされた。

読む前におすすめ

研究者や専門家ではない人や人工知能?何それ?って人はこの本を読む前にインプットしておくとおもしろくなるかもしれない作品を紹介する。 これらの作品は僕も実際に先に読んだり見たりしていたのでよかった。

Philip K. Dick「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

  • 作者: フィリップ・K・ディック,カバーデザイン:土井宏明(ポジトロン),浅倉久志
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1977/03/01
  • メディア: 文庫
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本書でもチューリングテストが出てくる作品の例として挙げられている。

映画版ならこちら

ブレードランナーに関しては今年新作もやるのでとても楽しみにしている。 www.youtube.com

松尾豊|人工知能は人間を超えるか ~ディープラーニングの先にあるもの~

人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)

人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)

この本では人工知能の最近の実用例や歴史をざっと書いてから、機械学習とDeep Learningについて深く説明している。より実社会に近い問題で例示しているのですごくわかりやすく書かれている。人工知能への倫理的な話も触れているのでこちらを先に読んでおくと、本書も読みやすくなるかもしれない。

ダン・アリエリー|予想どおりに不合理

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

行動経済学について書かれている本だが、人間のプログラム的性質が実験により提示されており、それらの不合理さを用いれば合理的に行動できるなど面白い記述が多い。

2001年宇宙の旅

2001年宇宙の旅 (字幕版)

2001年宇宙の旅 (字幕版)

学長が一番好きな映画だと書いている作品。「ツァラトゥストラはかく語りき」のオープニングがかなり印象的で一気に引き込まれる。映像作品としての技術的な面への賞賛や結末など内容への賛否両論はあるものの、AI研究者たちはもちろん意思を持ったコンピュータHAL9000についての部分が興味深い作品として紹介されることが多い。映像は癖があるので、好き嫌いはあるかもしれないが、見ることをオススメしておく。

ちなみにこれは古代ギリシャの叙情詩「オデュッセイア」の未来版らしい。

そのほかの書評やリンク

HHKB

本書とは関係のない話なのだが、中島学長が大学で和田英一研究室であったそうだ。 和田英一先生はまだご健在で、あのIIJにいるらしい。(自分の界隈では最近格安SIMの印象が強い) それはさることながら、我々が毎日使っているあのHHKBの開発は和田先生がしたものだったのだ! 衝撃の事実だ…設計の原案は以下に載せる。

http://www.wide.ad.jp/project/document/reports/pdf1995/part19.pdf

情報技術は先人の知恵の上に成り立っているのだなとつくづく感じる。


一度読んだだけでは到底理解しきれない内容量なので、今後もAIについて正しい知識を身につけていく中で原点としたい一冊だった。
来月もお誘いいただいたので美味しいお肉と日本酒をご一緒させていただく予定。

読書所用時間:約10時間
オススメ度:★★★★★

*1:現学長ではないのでなんとお呼びして良いのか迷っていたのだが、名誉学長になったためこれからもずっと学長と呼べる

*2:一番目はもちろん研究室の指導教官

*3:飲み放題というシステムを利用した場合、酒を持ち込んでもいいという道理を教わったのもこの時だった。それ以来、飲み放題の飲み会に参加するときはよく日本酒を持ち込んでいる。